大上鞄店について

創業半世紀を超える大上鞄店の歴史と神戸・元町との関わり

大上鞄店の歴史 神戸元町周辺

創業の歴史

今日の大上鞄店(ŌUE TRUNK Co.,)の前身となる大岩鞄店・大岩商會(OIWA & Co.,)は、戦前に創業し、営業を続けていました。
まだ、神戸元町周辺が神戸区と呼ばれていたころのお話です。

現在辿ることができる大上鞄店の歴史は、大岩宇吉と、その妻である大岩いとの名前まで遡ります。
二人は大岩鞄店・大岩商會を経営し、鞄の製造と販売を行っていました。
現在もお店に飾られている木製の大きなトランクには、戦前の創業を忍ばせる、左横書きの真鍮製プレートが打ち付けてあります。

二人の娘である大岩美代子と結婚した大上福太郎が、第二次世界大戦から生還したのは昭和十九年(1944年)のことでした。
何もなかった戦後の日本で、大上福太郎が配偶者の家業を継ぎ、大上鞄店・大上商店(ŌUE & Co.,)と改名し、昭和二十一年(1946年)に神戸商工会議所への登録を行いました。

まだ、神戸元町周辺が生田区と呼ばれていたころのお話です。

営まれ続けてきた店

店内イメージ

その後、大きな混乱の時代を経て、日本は驚異的な復興を遂げ、東海道新幹線が開通し、東京オリンピックが開催されます。
そんななか、大上商店も力強く成長し、昭和四十三年(1968年)には大上鞄店へと組織変更します。

やがて、二人の息子である大上博文がその父親のあとを継ぎました。そして、神戸市生田区は神戸市中央区へと再編され、日経平均株価は38,957円へとのぼりつめます。

1995年1月17日、阪神大震災は神戸の街に甚大な被害を与えました。それでも、大上鞄店は什器を借りて、一か月後には営業を再開していました。

神戸商工会議所の永年勤続会員50周年の栄誉を受け、現在、大上鞄店を経営するのは、故大上博文の妻である大上好子です。

トレードマーク

店舗の接客の特徴

大上鞄店は半世紀を越えて、日本国と、神戸元町の地とともに時代を駆け抜けてきました。時代とともに、人々の生活も大きく変化しました。そして今日、また大きく変わりつつあります。

ただ、時代が変わっても、受け継がれていくものがあります。かつて、大岩鞄店のトレードマークは、人々の生活を力強く支え続ける象でした。その姿は、いまも、大上鞄店のトレードマークに受け継がれています。

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